連休も始まり六甲アイランドにロバが来た。


住吉駅のホームから祭りのみこしの太鼓と鐘の賑わいが見えた。

一方で高速道路での人身事故が今年は多い。
初めの頃、病院への往復は住吉からタクシーを使った。タクシが走る道はサクラの花の盛りだった。
六甲アイランドはさくらは終わっていた。バスを使い始めた頃、いちょうが若葉を広げていた。
母や妹弟たちとの奄美大島行きは手術前にキャンセルした。この頃、母たちは3人で4泊の旅をしている。
バス停近く


子どもたち手作りのこいのぼり。

4月16日から26日まで甲南病院へ入院

病室 眼底に小さな穴が合いえいるということで、2日間は終日、夜も眼底が上になるよう名姿勢で過ごす。

病室の窓から

廊下から 東方向

病院に近いというYさんの家
雨の中、白浜に出かけた バス座席は後から2番目 紀の川のサービスエリアから

白浜三段壁の上

とれとれ市場近くの道

しらら浜 バスの中から

平草原 展望台から




三段壁の上 パールシャトウ

バスに乗る前の三段壁 嵐になるとの天気予報

大阪駅からJRに乗り換えると強風のため電車はのろのろ運転、風に押され揺れる
そして、住吉駅でストップ

六甲アイランド行きの電車もストップ 1時間ほど後に動き出す 湾岸高速を走る車
3月15日 佐保会の「
よみがえる丹波竜と立杭焼の郷を訪ねる」に参加
JR尼崎で乗換え、JR三田駅まで1時間30分だった。宝塚で乗り換えた人、三ノ宮からバスで来た人、三田駅行きの方法は幾とおりもあり、料金の差も大きい。
三田駅近くの風景

人と自然の博物館内、クリーニングという化石の岩石を取り除く作業中。
顕微鏡で覗きながら針のような小さなもので化石以外のものを取り除く。
針は電動で細かく動いていた。
貴重な化石が大量に見つかり、クリーニング作業も大変。


2010年9月 鳥に近縁の恐竜「デイノニコサウルス類」の部分骨格の化石が見つかった。
今回はそのレプリカが展示されていた。


昨年8月に訪れたときのレプリカ

2007年12月に訪れた丹波竜発掘現場などは
こちら兵庫県の県花ノジギク

兵庫陶芸美術館

パンフレットより
白浜へ
白浜の手前、田辺で降りて銀ちろというお店で昼食をとった。前回見つけたお店で、食材が新鮮で美味しい。
田辺駅前

白浜、しらら浜の砂の白さに驚いた。

風は冷たかったけれど、浜には薄着の若者の姿があった。

昨年3月11日にはここ白浜にも津波警報が出されたと聞いた。山の方に登る人も見られたと。


東海地震から丁度1年後の午後2時46分、NHKテレビの1分間黙祷に合わせて、目をつぶると、
突然小鳥のさえずりが部屋に飛び込んできた。
この日海は穏やかであった。



翌4日 スカイツリーの建つ浅草へ娘は連れて行ってくれた。
カメラに収まらないスカイツリー

まだ整備されていない通路

少し位置を変えて

左の建物を回って

隅田川河畔

河畔に建つ建物上階のガラスの部分はレストラン

レストランから見下ろす隅田川

スカイツリーはガラス窓の上部に伸びている


すばる望遠鏡公開講演会(無料)の会場を覗く

恵比寿駅近くのホテル(後の建物)
ここからは東京タワーが舞姫のように見えた。写真を撮るのを忘れ、眠ってしまった。
目が覚めた時、タワーの舞の衣装は霧に変わっていた。
この日午後4時30分から高校の同窓会が中野プラザホテルで開かれた。卒後60年。
外国旅行を続けている人もあって、元気な人が多く、同窓会はまだ続きそうで嬉しい。
会話が弾み、所を変えて解散は9時近くになった。
中野ホテルの窓から

3月3日早朝東京へ。
鹿屋高校二八年卒の同窓会へ。
娘が待っていたので、少し早く出て、同窓会へは時間があったので、高尾山へケーブルカーで登った。
山には雪が残っていたが、さほど寒くはなかった.




最近身近に葬儀が続いた。少し前まで元気だった人が消えてしまうことはなんともさびしく、悲しい。
一月ほど前には火葬場で骨も拾った。係りの人が壷の中に骨を砕いて入れていた音が妙に耳に残っている。1時間ほどでわずかな骨だけに変わってしまうことも知ってしまった。今日、94歳で亡くなられた人は首のあたりに止まった弾を戦後ずっと抱えておられた。
手術で取り出せないとも聞いた。
遠い所に住んでいるこどもさんたちが、残されたお母さんの一人住まいを気遣うことばが暖かかった。
1月19日 悠遊の会のコースは
高台寺茶寮で食事、その後高台寺塔頭圓徳院

祇園南門から高台寺へ続く道

辺りは高級料亭が続く。その中の一段と目を引くお食事所

高台寺茶寮

お部屋の風情に驚く。今は冬、外は木々や瓦が冬の時雨に静かに濡れている。


かも豆腐 温かいものへの配慮も深い。



高台寺塔頭圓徳院 部屋には海鵜が群れる白竜の襖絵。



貴人の扉?からお茶席に入り、一服。

人影まばらな京の一日を堪能しました。
1月5日レンタカーで母と佐多岬へ

岬への道でお猿さんに出会う、車を止めると逃げる。

マングローブと思ったけれど、マングローブは水中に生えるとある。

杖で歩く母 今年白寿のお祝いをすることにしている。

駐車場から徒歩でトンネルを抜けると一面ブーゲンビりア。


灯台を映す。

駐車場からの風景

桜島の噴煙に霞む開聞岳の遠望
11月、1970年代にスウェーエンで生まれた療法で、ピアノのコード音によって引き起こされる打楽器を打つという運動が脳の刺激となり、脳機能の回復が見られるという講演を聞きに行きました。
その後、スウェーデンのクリスマスソングをを中心に、スウェーデンで活躍されているエステン・ヴァルさん、ヘレーナ・ストレーベリィさんのコンサートを楽しみました。
加賀温泉駅近くで雪が薄紅に染まっている白山の写真が撮れました。

大浴場の窓を覆っているような、いちょうの大木(翌早朝)


露天風呂のお湯に映っているいちょう

下を流れるのは大聖寺川
科学館はバス停の近くにありました。

入り口は2階

あの有名なことば「雪は天から送られた手紙である」と書かれた軸が最初に目に入りました。
ダイヤモンドダストの発生をビデオに撮りましたが、失敗でした。
写真は次のようなのが撮れています。

チンダル像は氷に光などを当てると中で氷が解け、雪が出来るのと似た状態になるという。
拡大鏡で見ると模様がよく見える。

積まれた石はグリーンランドの氷河の原だそうです。
ここに人工の霧を発生させていました。私たちは煙と思っていました。

氷河の先に喫茶室がありそこから白山と片山津の温泉の町が見えました。
片山津は中谷宇吉郎が育った町だそうです。湖は柴山潟。
次にバスを降りたのは、北前船主の屋敷蔵六園。


この頃の北前船

庭

無造作に置かれている古久谷

北前船主の家だろうか、大きな屋敷が続く

北前船の里資料館(パンフレットより)

北前船主屋敷手前の日本玩具劇場辺りだったのだろうか。
坂之上の雲の撮影に使われている戦艦と聞いてカメラを向けたが・・・。
左に少し見えている。
加賀駅から加賀周遊バスというのが出ている。22日はそのバスに乗って九谷焼美術館で降りた。

パンフレット

写真は撮れないので、パンフレットを取り込んだ。
古九谷の展示が多いのに驚いた。展示室も明るく綺麗だった。何回でも訪ねたいと思った。
11月21日 加賀温泉に行く途中長浜に立ち寄った。
長浜は小雨模様、駅から長浜城までは歩いて5分ほど。
お城近くの公園には紅葉が見られた。



長浜城は今は長浜歴史博物館。浅井三姉妹特別企画が開催中であった。

お城最上階展望台から


11月20日 姫路のホテルで行われた睦会の後、姫路城に行った。会の方で予約してあったので長い列に並ぶことなく大天守保存修理中の内部見学エレベータに乗った。
一気に最上階、海抜100メートルの屋根の天井部分が目の前に現われた。

細かい作業のビデオも見られる。

左下に西の丸が見えたので、行ってみることにした。

西の丸

西の丸百間廊下と書かれた建物の中は長い廊下と小さな部屋が2階建て、3階建てとなっていた。

そこの窓から見えた修理中の大天守

化粧楼というのがあって千姫の10万石の化粧料で建てられたそう。
千姫の住まいは現在の庭の辺りだったとの説明があった。
11月17日 大阪府池田市にある行基開創と伝えられる久安寺に行った。
関西に50年以上住みながら、私の旧姓でもある池田は初めてで、何となく懐かしい感じにさせられた。
久安寺は紅葉の季節は賑わうと聞いていたが、今年の暑さ、雨、台風と異常続の年では、やはり無理のようで、秋を飾れないちぢれた葉が眼に入る。
それでも緑を残す久安寺の境内は静かで建物も美しく、癒しの一日に違いない。

行基の石像とお供と表現されているお地蔵さん?たち?



住職さんがお経を唱えながら鐘を撞いた。鐘の音は長く尾を引いた。

反対側からの鐘堂

本堂


反対側からの本堂



舎利殿涅槃堂

中の涅槃佛がまた綺麗だった。
ツワブキの花や葉 雨上がりでもないのにみずみずしい

アザミ

ボケススキということばを聞いて、可愛そうなススキを探しに行きました。

今、元気なススキもやがてぼけススキ

動きの鈍いキリギリス、私が立つと方向を変えるので、見えているよう。

白浜のブーゲンビリアは元気。

平草原の日本スイセン 咲き始め。

つやつやの葉に色のいい山茶花 満開。

ノジギクがあちらこちらに。

バラ

バラ

さびしいですが、バラ園。
大阪の先にある山がくっきりと見えました。(11月2日 六甲アイランドより)

白浜三段壁より 夜明けです。 11月13日

その日の夕焼け。 11月13日

大徳寺境内に精進料理のお食事所がある。食器は鉄鉢をかたどり、一つに重ねられる。
庭の木陰での食事も出来る。

境内の道は木立の中にある。

大徳寺境内を通って今宮神社へ歩いて行ける。
柿本神社正面に明石天文科学館が高く建っています。近くに日時計、芭蕉の歌碑もあります。
標準時の設定、東経135度は明治19年。明治43年には小学校の先生方が子午線の標識をここより南の町の中に自費で建てられたそうです。
正確な天体観測(1928年)で東経135度は月照寺を通ることが分かり、初めはそこに標識が立てられたようです。柿本神社前と月照寺前はずれています。
天文科学館は1960年に建てられたとあり、その後地震もありましたから、またずれたかも分かりませんね。
明石の藩主松平氏の墓所がまた天文科学館横にあります。時と絡んで気になる位置です。
芭蕉の俳句は東経135度設定以前のものですから、歌碑は東経135度とは関係無いものです。
芭蕉は柿本人麿の関連で明石を訪れたのでしょうか。そうではないような気がします。

左先生方が作られた子午線標識 下藩主の墓地

益田で訪ねた柿本人麿の神社は下をクリックして下さい。
http://mog1326.exblog.jp/5959627/